ミヨッシーが声を大にして言いたいこと…「準優勝おめでとうございます」…それはないだろう!!!

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ようこそ!   定山渓在住・北海道観光マスターのミヨッシー@miyossy1023)です

 

 

 

本来ならば全く違うことを綴る予定でしたが…

たまたま見たテレビ中継でのある一言を聞いた瞬間…ミヨッシーが小さいころから非常に「違和感」があり「不快」かつ「疑問」に思うところがあったことがあり…

「またか…それはないだろう!!!」と憤りを感じてしまい、急遽どうしても綴りたくなったことについて綴ります。



2017年8月23日に閉幕した夏の甲子園=第99回全国高等学校野球選手権…

 

 

埼玉県勢初の優勝を成し遂げた花咲徳栄高校…おめでとうございます!!!

 

 

準優勝の広島県代表・広陵高校…よく戦いました、御健闘を称えます!

 

 

今大会は新記録が多く達成され…

 

1大会においての新記録となる68本塁打
※これまでの最高は2006年夏・第88回大会の60本塁打

 

個人記録でも…

 

早稲田実業(東京)の清宮幸太郎選手

 

 

履正社(大阪)の安田尚憲選手が予選敗退のため不出場でしたが…

 

 

広陵(広島)の中村奨成選手が…

それまで元プロ野球選手・清原和博氏がPL学園(大阪)時代の第67回大会に記録した1大会5本塁打を越え…

新記録となる6本塁打を放ちました!!!

 

本塁打以外にも…

・3つの新記録(最多打点 / 17・最多塁打 / 43・最多猛打賞 / 5試合)
・2つのタイ記録(最多安打 / 19・最多二塁打 / 6)

を達成し、まさしく…

かつての名台詞「甲子園は清原のためにあるのか~!」ならぬ…

「甲子園は中村のためにあるのか~!!!」という大会になりました。

 

 

またそれ以外にも今年2017年も様々な名試合・名場面があり多くの感動がありました。

 

しかし、残念ながら感動などの良いところだけでなく…

 

昨年2016年の同大会で「男尊女卑」ということで物議を醸した…

「危険防止のためグラウンドに立つのは男子のみ=女人禁制」というルール…

流石に「男女平等」の風潮になっている現代においては時代錯誤過ぎるということで公益財団法人・日本高等学校野球連盟(以下日本高野連)も大会終了後の11月に女子マネージャーに限り甲子園練習の参加を認め、防具や学校指定のジャージ着用など新たに定められた規則の範囲内という条件付きですが…

 

今年2017年の春の選抜ではノックの際のボール受け渡しなどで練習を手伝う女子マネージャーの姿がありました。

 

ですが…新たに定められた規則の中に「人工芝部分の活動に制限」という一文があり…
※甲子園球場は基本的に内野が土・外野が天然芝の球場で人工芝部分はグラウンド外周にある横幅わずか数メートル程度の部分のみ

今回の大会に出場した二松学舎大付属(東東京)の女子マネージャー2人が練習開始に向けて横一列に並んだ選手と一緒にその列に加わっていたというだけで大会関係者に呼び止められ注意を受けたということがありました。

 

人工芝部分以外で練習を手伝っていたのならともかくただ居たというだけで呼び止め注意…

しかも僅かに入るだけでも駄目という徹底した監視体制…

 

「差別」「女性軽視」…日本高野連の旧態依然たる体質は変わっていないということが浮き彫りとなる悲しい出来事がありました。

 

もうただひたすら冷笑…話にならないという感じです!!!(呆)

 

 

 

他にもここ数年議論になっていますが…

・8月の猛暑の中における試合
・勝ち進めば連戦となる過密日程
・連戦となった場合には避けられない投手の連投…

まだ十分に成長しきれていない未成年の体や健康に良いわけがないのはありません!!!

 

にも関わらず日本高野連は今年2017年までの99年間、多少の改正をしたものの根本的な改正をすることなく基本的には第1回から同様の運営を行ってきましたが…

選手の健康やその先の人生のことを考えると実際に悪影響が出ている選手がいる以上、早急に根本的な改正をすべきだという意見が年々増えています。

 

前述の改正案だけでも一例として…

・投手の1試合における球数制限や連投の禁止
・開催球場をドーム球場に移行
・猛暑となる8月以外の開催とする
・余裕もった開催期間とする
・全国で統一した上で医師やトレーナーの支援の強化
・一定の試合時間を経過したら次の攻守時よりタイブレーク制とする。
※1アウト満塁より開始とするルール

…etc、様々な改正案が多方面からあがっています。

 

ミヨッシーも全国的に議題に上がっている改革案は基本的には賛成です。

 

しかし一方で…

・現在のやり方だからこそ数々の名場面がありえる。
※確かに前述の改革案が施行されていたら松坂大輔氏(横浜・東神奈川)の第80回大会準々決勝における延長17回250球の熱投などのような連投における名場面はあり得ません。

・開催期間を8月以外とすると夏期休業時以外に開催することになる、特に9月以降の開催とすると3年生のセンター試験(大学志望者)をはじめとした受験準備期間が十分にとれなくなることに繋がる。

…etc、のような意見もあり…

 

選手や指導者の立場からも…

・投手(選手)の身体能力や耐性には個人差がある以上…降板時まで試合をリードしている上にまだ十分に投球できる状態である…にも関わらずルールによって降板せざるを得ない場面が想定される→降板後に逆転負けとなり、もしそれが野球は高校で最後と決めて臨んだ試合だったら…投手はもちろん他の選手も納得や完全燃焼できず心理面にも悪影響を及ぼしその後の人生にも影響を及ぼす可能性がある。

・たとえ苦しかったとしても一緒に汗を流している仲間と勝利を目指して一生懸命頑張ることを第一に考え、その結果選手生命が終わっても後悔しない。

・伝統ある甲子園で試合することは憧れや目標だ→聖地である。

…etc、のような意見や思いがあるようです。

 

これらについてはミヨッシーも「一理ある」と思います。

 

事実、選手・指導者の大半は前述のルール改正にはほとんどの項目について賛成しているとは言えないようです。

 

 

以上のことから…

医学的・科学的なことを踏まえれば早急にルール改正をしたほうが良いのは明らかだが…

観戦する立場、実際に試合をする選手・指導者の立場としての心情など…

そして日本高野連をはじめとする大会運営側の思惑…
※これがもっとも厄介な問題だとミヨッシーは思っています

…etc、なかなか根本的なルール改正とはいかず、今年も特に改正についての動きがありませんでした。

 

これらに関しては、実際に試合をする選手や指導者の意見や思いを十分に考慮した上で早いうちに妥当だと思える改正案を出して施行されることを願っています。

 

このままではいつか大会期間中に「重症者」…最悪は「死者」が出そうな気がしてならないです!!!

 

 

しかし、今までのことは99年という長きに渡って開催されてきたこともあってそれぞれの立場のこともあり簡単にはいかないというのはわかりますが…

 

これから綴る…

今回がはじめて聞く言葉ではありませんが…

・そのときにおける当事者の心情
・もし自分が言われたときにどう思うのか?

…etc、よく考えれば…

…もっと言えば常識的に考えても「それはないだろう!」と思った発言がありました。

 

と、同時にこれは発言する人の意識1つで早急に改善可能であるとミヨッシーは断言できます!!!

 

それが次で綴る…



「準優勝おめでとうございます」…それはないだろう!

決勝戦終了後の閉会式…

毎回行われている日本高等学校野球連盟のあるお偉方様の講評がありました。

 

10分以上にわたるとても有り難き「長い」講評でしたが…
※ミヨッシー的には正直「ここで話さないといけないのか?」と思う内容もありました。

 

そのなかで優勝した埼玉県代表・花咲徳栄高校の選手への言葉のあとの準優勝の広島県代表・広陵高校の選手への言葉での冒頭で…

 

「準優勝おめでとうございます」

 

聞いた瞬間…

「またか…それはないだろう!!!」

 

もし自らが当事者になって言われたときに…

「嬉しい」
「ありがとうございます」

…と心から思えるのか?

 

ミヨッシーも野球・卓球をはじめとしたスポーツや文化系の競技の大会に出場して優勝・準優勝とも経験したことがありますが…

いままでの体験上…

「準優勝おめでとうございますと言われてよい気分になることは…

絶対にあり得ません!!!

 

ましてや「優勝」を目指していたが準優勝に終わったときは尚更です!!!

 

 

どんな競技の大会でも優勝者がいるということはそれ以外は優勝者に負けている…イコール「敗者」という現実があるのです。

 

極論を言えば…

「1位になれなけば2位も最下位も一緒」

 

間違いなく賛否両論ありますが、紛れのない事実でもあります。
※ただし、ミヨッシー的には準優勝やベスト4…大会によって違いますが入賞経験がなかったり明らかに入賞できる見込みがない場合は言うべき言葉ではない、そうであればまず1戦ずつ勝てるように努力しなさいという考えがあります。

 

 

事実、過去における高校野球をはじめとする各種大会で負けた選手が…

「悔しい」と言っている場面は多々あっても…

「嬉しい」と言っている場面は見たことがないはずです!!!

 

それは1回戦敗退でも準優勝でも同じことです!!!

 

 

前述の中村奨成選手も敗退後に…

・「優勝して記憶にも記録にも残りたかった」
・「プロの舞台に立って悔しさを晴らしたい」

というコメントを残しています。

 

 

また2016年のリオデジャネイロオリンピックでレスリング女子53kg級決勝で敗戦し銀メダルとなりオリンピック4連覇を逃した吉田沙保里選手も敗戦後に…

「たくさんの方に応援していただいたのに銀メダルに終わって申し訳ない」

と、号泣していました。

 

 

試合に出場する以上はすべての試合で勝ちたいと思うのは当然でしょうし、負けたら「悔しい」と思うのは当然のことでしょう…

 

そんな心情のときに…

・「お疲れ様でした」
・「よく頑張りました」
・「惜しかったですね」

そしてミヨッシーが今回の冒頭で準優勝した広島県代表・広陵高校に対して綴った…
「御健闘を称えます!」

…etc、当事者を思いやる要素がある発言ならともかく…

 

ある意味最上級の誉め言葉である「おめでとうございます」と発言することは…

あまりにも心情を逆撫ですることになるのは前述のことをよく考えればわかることなのではないでしょうか?

 

「それはないだろう!」という思いで憤りを感じてしまいます!!!

 

少なくとも当事者には何の慰めにもならないということは間違いないとミヨッシーは思っています。

 

 

よくオリンピックで…

「メダルが欲しい」→「銀か銅メダルを獲得」→「おめでとうございます」→「ありがとうございます」

という流れがありますが…

結果的にメダルがとれて良かったと思うことがあっても、負けて銀メダルや銅メダルを獲得できて心から嬉しいと思う選手はいないはずです!!!

 

もし、そう思う選手がいたとすれば…

「悔しい」「勝ちたい」という意識はないのか?ということはもちろん…

・1つの国=日本を代表して参加をしているという意識はないのか?
・国費 = ミヨッシーも含めた日本国民が納めている税金で参加していることをどう思っているのか?
・そんな選手に日々汗水流して働いて稼いだお金の一部が使われていると思うと冗談じゃない→参加費として発生した額をその選手から徴収して税金を支払っている日本国民(一般庶民)に還元してもらいたい

 

はっきり言って「怒り心頭」になります!!!

 

 

2014年に法学者の竹田恒泰氏が…

・「国費で派遣されているのに予選落ちした選手(負けた選手)が「楽しかった・良い思い出になりました」などの発言をするのが許せない」
・「日本は国費を使って選手を送り出しています、選手個人の思い出づくりのために選手を出しているわけではありません」

という趣旨の発言をし、話題になりましたが…

 

ミヨッシーも「その通り」「ごもっとも」と思ったと同時に…

仮に竹田恒泰氏のいうような選手が銀メダル=準優勝となったとしても…特にマスコミは「おめでとうございます」と声を掛けるのは目に見えていると思い…

「どうかしている、おかしい!!!」と、その当時思ったものです。

 

 

もちろん最後まで勝つ = 優勝するのは「たった1人・1組・1チーム…etc」という現実がある以上は負けることは当然ありえますが、負けたことにより…

・負けた原因を探り改善をして次の勝利に繋げる
・負けることにで何かを得て更なる成長に繋げる

…etc、ということで負けたことを糧にして次の試合があるのなら優勝できるように努力するというのであればわかりますし、重要なことであるのは間違いありません。

 

 

ミヨッシーがたまたま小さい頃からよく知っているある競技の選手がいまして…オリンピックに2大会連続で日本代表として参加…

2度目のオリンピックでは銀メダルを獲得しました。

当然その競技の選手本人・その選手の家族の元には「おめでとうございますという祝辞」が多数あったことでしょう。

 

しかしミヨッシーはその選手が小さい頃から

・「大きくなったら世界一になる」
・「金メダルを獲る」

と、言っているのを聞いていただけに「金メダル」を獲れなかった現実に関しては間違いなく「悔しい」と思っているはず…

 

「銀メダル」というメダルを獲得したことは間違いなく今後の糧になるとしても目標を達成していないのに…

「おめでとうございます」はないだろうと思い、掛ける言葉をどうしようか?と考えてしまいました…

 

その数日後にその選手の御父様(ミヨッシーが20代の頃からお世話になっており、大変尊敬している方です)に電話をしたときにそのことを伝えると…

「今回は「おめでとうございます」でいいよ、これをバネに「次こそは世界一」と思ってまた努力するだろうから」といってくださったので…

勝手に「バネにするものを得れて「おめでとうございます」、いつか世界一になれることを願いながらこれからも見るよ」と思うことにしました。

 

ちなみにその選手は2017年現在においても現役の選手なのでいつの日か「世界一」になることを実現するものだとミヨッシーは信じています。

 

もっともこのブログを綴っている2017年現在でも「本当に良かったのかなぁ?」と思うこともありますが…

 

 

 

ずれた部分がありましたが…近年は様々な分野で何事においても急速な発展を遂げ、非常に便利な世の中になりました。

 

そのぶん「便利になる→工夫を凝らさなくとも1人でできることが多くなった。」という部分も間違いなくあると思います。

 

1人でできるということは…

自分以外と一緒に何かをする必要がなくなることが多く、その分対人関係が希薄になりやすくなることにつながり…

自分ができればよい→自己中心的になりやすく、相手のこと…

特に自分以外が…

・そのときに相手は何を思っているのだろう?
・自分がこの発言をしたら相手はどう思うのだろう?

…etc、相手のことを考える意識が皆無になり、その結果…

思慮に欠けた発言・言動につながることになるとミヨッシーは考えています。

 

核家族化・少子化も手伝って益々1人で何かをする時間が増え、便利になったことで1人でできることも多くなる…これは完全に時代の流れでしょう。

 

しかし「1人でできることが多くなった」とはいっても「全てが1人でできることはありえない」

 

1人でできないのなら相手の協力が必要になるが、その際に相手のことを考えずましてや相手を傷つける発言・言動をしているのならば…

誰もそんな人に協力したいとは思わないでしょう!!!

 

 

 

1979年から2011年までの32年間に渡りTBS系で放送されたテレビドラマ『3年B組金八先生』にて武田鉄矢氏が演じた金八先生の名台詞…

「人という字は互いに支えあってヒトとなる」がありますが…

「人」という字を見れば「ノ」と「乀」とで、二人の人が支え合った象形文字となり、道徳的な意味と情景とを見出すことにより「人という字は二人の人が支え合って成り立っている。だから1人では生きていけないんだ」という人生訓からくる「助け合う精神を伝える言葉になる」とのことです。

 

本当にその通りだと思います!!!

 

しかし前述の「1人で何かをする時間が増え、便利になったことで1人でできることも多くなる」という時代の流れにより、反比例で「助け合う精神」は希薄になっていく…

その結果、相手のことを考えず自己中心的な発言・言動…

「思慮深い人」がいない世の中なりつつあるとも思います。

 

以前から様々な業界で「問題発言」はありましたが、近年は特に多いうえに…

「常識的考えても…自分が言われたときにどう思うか考えたらわからるだろう」的なレベルの問題発言が多すぎると思います。

 

あまりこういうことが続くと…

言われた人は…最悪は一生心に残り傷つき、その後の人生に影響が出る

言った人は…思慮に欠けた発言・言動が多い人だと認識され、誰も近寄らずに周囲の協力を得られずに孤立する…

…ことにつながり、その結果「思いやりも助け合いもない殺伐とした社会」になりかねません。

 

「人は1人では生きていけない」という現実をよく考えると…

「思いやりも助け合いもない殺伐とした社会」で生活したいと思う人は誰も居ないはずです!!!

 

そんな社会にしないためにも前述にある…

特に自分以外が…

・そのときに相手は何を思っているのだろう?
・自分がこの発言をしたら相手はどう思うのだろう?

と、いうことを考えてから発言・言動を行う「思慮深い人」になるように1人1人が心掛けることが最も大切ではないのでしょうか?

 

もし「思慮深い人」ばかりの世の中になったときには「問題発言」…

「常識的考えても…自分が言われたときにどう思うか考えたらわからるだろう」的なレベルの問題発言…

 

当然、今回の綴りのタイトルにもある…

「準優勝おめでとうございます」などという発言は…

間違いなく聞くことはないと確信しています!!!

 

 

 

 

 

今回綴った「準優勝おめでとうございます…それはないだろう!」

 

冒頭で綴った通り、たまたま見たテレビ中継でのある一言を聞いた瞬間「綴る」と決めたことですが…

 

言葉自体はじめて見聞きしたのはミヨッシーが小さいころにある人気漫画を見ていたときで…

小さいながらも非常に「違和感」があり「不快」かつ「疑問」に思うところがありました。

 

それは…

ミヨッシーが小学校の頃に(1980年代前半-中頃)大人気となり、サッカーが2017年現在日本国民に人気のあるスポーツになるきっかけとなったあのサッカー漫画…

 

高橋陽一氏作・「キャプテン翼」

 

主人公「大空翼」の成長に合わせて様々なシリーズが展開され、2017年現在も続いています。

 

その中で初期の1巻-37巻までの「(無印)キャプテン翼」の12巻にてのある場面…

大空翼が所属する「南葛SC」が小学校時代の全国大会決勝で後に永遠のサッカー仲間となる「日向小次郎」が所属する「明和FC」に勝って優勝しますが…

閉会式後に日向小次郎の元に駆け寄った家族が駆け寄った際にかけた言葉があるシーン…

 

「準優勝おめでとう」と声をかけられて笑顔になる日向小次郎

 

初めてこのシーンを見たときに小学生ながら強烈に「えっ!?」「それはないだろう!」となったのを覚えています。

 

ましてやこの当時は誰よりも勝利にこだわって突っ走っていた日向小次郎…

負けたときの悔しさは相当なものがあったはずです!!!

 

しかも負けて時間もたっていないにも関わらず…

「この描写はありえないだろう!!!」とも思いました。

 

 

ミヨッシーにとって、この「キャプテン翼」自体は大好きな漫画の1つであり、サッカー界が盛り上がるのに多大なる貢献をしたことは間違いないと思っていますが…

ミヨッシー的には、まれに物理学的・対人的な描写として「それはないだろう!」と思えてしまうものがあります。

 


物理学的にであれば、史実ではないのだから非現実なことを描いて面白いと思わせるということも有りだと思いますが…

対人的ということであれば、人間の普段の生活における対人コミュニケーションに及ぼす影響…ましてや人気のある漫画や媒体などがきっかけであればその影響は絶大なものになり得るでしょう。

 

ただ、それが好影響を与えるものであれば良いのですが、悪影響を与えてしまうものであれば…

良い悪し関係なく人間に影響のあるものは広まりやすいものですが、悪影響の方がより広まって影響がある傾向があり…

最悪「社会問題」に発展することが有り得ます!!!

 

この準優勝おめでとうの描写はその後特に話題となることはなかったですが…

ミヨッシーが2017年現在まで生きていて見ている限り、これ以降確実に「準優勝おめでとうございます」と声をかけたり祝ったりする風潮は確実に増しているかと…

 

現にGoogleで「準優勝おめでとうございます」と検索すると…

 

相当なヒット数が出てきます(驚)

今回このことを綴るまでは考えたこともありませんでしたが…もう2017年現在では当たり前とされているように思えます。

 

しかし、たとえそうであったとしても…

準優勝であっても負けている現実がある以上、悔しいという気持ちはどこかに必ずあります!!!

 

 

そんなときにある意味最上級の誉め言葉である「おめでとうございます」

あまりにも準優勝に終わった選手の心情を逆撫ですることになり、もし自らが同様に言われたことを考えれば…

「絶対にかけるべき言葉ではない」と声を大にして言いたいです。

そして前述の日本高等学校野球連盟のあるお偉方様のケースのようなメディアに登場する場合はその発言や言動すべてが注目され影響を与えることがあることを認識し、常に(聞いている)相手が「自らがこの発言をしたら相手はどう思うのだろう?」ということを考えた上で言葉を選び発言されることを願いたいです。

 

 

 

最後に今回のタイトルでミヨッシーがブログを綴るにあたり、最も強く共感できる文章が書いていた本およびその内容を紹介して今回の綴りを終えることにします。

 

「落合博満氏」

元プロ野球選手・監督で選手時代は史上最多「3度の三冠王」・8年間の監督時代は「すべてAクラス(3位以上)・4度のリーグ優勝・日本一1回」

 

プロ野球界を代表する名選手・名監督であった落合博満氏が監督最終年の2011年に出版した…

 

「采配」
※ミヨッシーの愛読書の1つでもあります

 

その226ページ-227ページに書かれている内容です。

この中で落合博満氏は「準優勝おめでとう」と言う人が多いことが日本でスポーツが正真正銘の文化だと認められない大きな理由になっていることを指摘しています。

ミヨッシーと考えていることは違うところがありますが「準優勝おめでとうございます…それはないだろう!」という認識は完全に一致しており、最も強く共感できました。

 

 

彼女たち(2008年北京オリンピック女子ソフトボールおよび2011年女子サッカーワールドカップ日本代表の選手たち)は世界一によって注目されたからまだいい。あの戦いがもし準優勝、銀メダルだったら、メディアも世間もそれほど強い関心は寄せなかったはずだ。それだけ、勝負の世界においては、一番と二番には、天国と地獄にたとえられるほどの差がある。

だが、最近スポーツ大会の閉会式を偶然テレビで見ると、会長だか大会委員長がこう言っているのを耳にした。

「準優勝チームも、最後の最後までよく戦いました。最後は紙一重の差で負けてしまったけれど、準優勝おめでとう」

準優勝チームに「健闘を称える」と言うならわかるが、「おめでとう」はないだろう。先に書いたように、優勝とは雲泥の差があり、周囲からの関心に大きな違いが生まれるのだ。スポーツに対して、そういう認識を持っていない人が多いことが、日本という国でスポーツが正真正銘の文化だと認められない大きな理由になっている。

本当に、本気でスポーツ文化を育てていくのなら、成果を上げた者だけを認めるのではなく、成果を上げるためのバックアップ体制を万全にしていくしかない。国が競技環境を整え、選手たちが何の不安もなくプレーに専念できるようにする。そして、世界一になった者は、極端に言えば国が一生の面倒を見てやるようなシステムを作るべきだ。国際大会になると日の丸を背負わせ、それ以外は所属企業や団体にサポートさせているようでは進歩がない。ましてや「準優勝おめでとう」の言葉など、何の慰めにもならない。

 

 

 

最後までお付き合いしていだだきましてありがとうございました。

2017.09.07
定山渓より…ミヨッシー

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