「恵方巻」についての様々なことをミヨッシーが思いのままに綴る!

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ようこそ!   定山渓在住・北海道観光マスターのミヨッシー@miyossy1023)です

 

 

 

 

以前綴った「「冷やしラーメン=冷やし中華」Yes? No? その真実をミヨッシーが思いのままに綴る!」の最後を…

 

今回綴っている最中に「北海道には(無いが)…しかし一般的には…」と、いうものがあったというものがあったことを思いました。

ミヨッシーが小学生のときに同じ少年野球のチームで一緒に汗を流し、現在は関西地区在住の友人とFacebook上でやりとりしているうちに「そういえば…」となり調べてわかったことで…「風習」ものの話ですが…

それはまたその「風習」がある時期になったときに綴ることにして、今回は綴りを終えることにします。

と、締めましたが…

 

その「風習」が今回綴るテーマとなっています!!!

しかし…「風習」自体ではなくそのときに食べるものについての話ですが…

 

 

 

日本において毎年2月上旬(2018年は2月3日)にある行事…

 

 

 

 

「節分」

 

文字のとおり「季節を分ける」という意味です。

そのため「春夏秋冬」という言葉があるとおり4つの季節があるので厳密には1年間に4回訪れます。

「立春・立夏・立秋・立冬」を総称して四立とも言います。

季節の始まりの日の前日の事を「節分」といい、旧暦では1年は春に始まるとされていたことがあり…

特に「立春」は「1年の始まり=元日」とされてきました。

逆をいえば「その前日である春の節分=大晦日」ということになります。

 

昔は年の変わり目には邪気が生じると考えられ、邪気を払うために様々な行事が行われていたことで…

1年に4回ある節分のうち、「春の節分」が最も重要視されるようになり…

「春の節分=節分」となり、2018年現在に至るといわれています。

 

 

 

この日に行うことといえば2つあり、1つは…

「豆まき」

 

 

「鬼は外~福は内~」と叫びながら鬼に豆を投げるという光景は一度は見たことがあるかと思います。

特に子どもにとって学校や施設の行事の一環で鬼のお面を被った大人に豆を投げるという楽しいイベントの1つとなっていますね♬

 

 

ミヨッシーも既に時効!?なので綴りますが…

子どもの頃、参加した時は必ず…

「嫌いな人が鬼のお面を被っていたら集中攻撃で全力で豆をぶつける!!!」

と、いうことをやっていました(爆笑)

 

まぁ、所詮子どもの力で豆をぶつけられても全然痛くはなかったと思いますが…

 

また、このときに使う豆は「福豆」と呼ばれ…

食べることにより体内に福を取り込み一年間健康に過ごせるといわれています。

そのため年齢(数え年)の数だけ豆を食べるということもあわせてやります。

 

 

そしてもう1つ…今回このことについて綴るきっかけになったのですが…

 

 

「恵方巻」

(一般的には)7種類の具材を使って巻いた太巻きを節分に恵方を向いて無言で食べると縁起が良いとされることによります。

「恵方」は毎年方角が変わり、2018年の場合は…

 

「南南東」

 

我がミヨッシー一家でもこの日は毎年…

 

(2017年のFacebook投稿より)
恵方に向いて…正座をして…襟を正して!?…黙って恵方巻を食べる習慣???があります(笑)

 

が、このときにミヨッシーが小学生のときに同じ少年野球のチームで一緒に汗を流し、現在は関西地区在住の友人からFacebookの記事上に書き込みが…

 

「すいません…北海道に恵方巻ありましたっけ?」

 

この書き込みが今回の綴りの原点となりました!!!

 

今回は節分における「恵方巻」についての様々なことをミヨッシーの過去の記憶などを交えながら綴っていきます。



ミヨッシーと恵方巻の繋がり

 

2018年現在、そしてこの2017年の地点でも…

 

スーパー

 

コンビニ

節分が近くなると「恵方巻商戦」なるものをやっていますし、全国的にCMも流れているのて…

 

「恵方巻は節分に食べるもの」というのは当然という認識があると思います!!!

 

 

正直「………はぁ???」

 

すぐさま「スーパーなどで普通に売っとるよ」だけで返信しようとしましたが…

ボタンを押す寸前…

「…まてよ?、そう言われてみれば…?」と!!!

大変記憶力が良い友人であったことがあり「もしかしてミヨッシーが知らないだけなのでは?」という考えがよぎり、送信を中止しミヨッシーの過去の記憶を思い出しながら直ちに調査を!!!

するとミヨッシーも全く知らなかったことが次々と…(驚)

 

ミヨッシーの出身は「北海道札幌市」

生まれてから(半年ほどでしたが)20代になって比較的早い時期に関東方面へ移住するまでは北海道外で生活をしたことがなかった生粋の道産子…

当然小さい頃も北海道在住!!!

 

小さい頃「節分」といえば「豆まき」を自宅はもちろん…

・学校
・児童会館
・塾をはじめとした習い事の場所

…etc、大いにやった記憶があります!!!

 

ですが…「豆まき」をやったという記憶は前述の「嫌いな人が鬼のお面を被っていたら集中攻撃で全力で豆をぶつける!!!」ということまで覚えているほどあるのですが(笑)…

 

「恵方巻を食べた」…ましてや「美味しかった」という記憶が…

 

全くなかったのです…

 

中学→高校→大学→社会人となってからも初めて食べるまでは…

一度も食べたことがありません!!!

 

さらに…

「恵方巻」を食べるという風習自体も全く知りませんでした!!!

※前述のとおり20代になって比較的早い時期に半年ほど関東方面へ在住していた時期がありましたが1月〜2月はまたがっていなかったのでこの時期も食べたことがなく風習自体も全く知りませんでした。

 

 

ではミヨッシーはいつ「恵方巻」の存在を知り、食べたのか?…

 

前述の関西地区在住の友人とFacebook上でやりとりしたときの最後のほうで記憶を思い出してたどり着いたのが…

 

30代を過ごした東海地区在住時代でした!!!

 

東海地区(愛知県名古屋市)に在住し、2回目の節分…

1回目の節分のときは何もかも放り出して単身で乗り込んだ上、基盤が全く固まらない時期だったので行事などを意識している場合でなく無関心そのものでしたが…

 

いい意味で基盤が固まりつつ安定し始めた時期でもありました!

 

その2回目のときに自宅で「豆まき」をした後に出てきたのが…

 

「恵方巻」

 

もっともこのときは…「節分のときに食べるもの」と聞かされた記憶はあるような気がしますが…風習自体のことや意味も全く考えることがなく食べたという感じだったと思います。

 

ただ恵方に向いて…正座をして…襟を正して!?…黙って恵方巻を食べた覚えはありますが(笑)

 

そして翌年も…一時期を除いて毎年節分には「恵方巻」を食べています!!!

 

…と、いう感じである「ミヨッシーと恵方巻の繋がり」です!!!

 

 

前述の関西地区在住の友人には少々調べたことをFacebook上で返信したのですが…

 

今回「恵方巻」を食べる時期を迎え、より様々なことが気になり…

 

ささいなことでも納得する結論を出さないと気がすまないところがあるミヨッシーは更に様々なことを調べてみました。

 

 

 

 

恵方巻とは…

恵方巻、恵方巻き(えほうまき)とは…

節分に恵方を向いて無言で食すると縁起が良いとされる巻寿司のこと、商都大阪発祥の風習と言われているが1980年代まで大阪でも普及されず、知名度もほとんど無くその起源の「定説」は2018年現在も存在しない

「恵方巻」の名が全国に広まったのは1989年に当時コンビニエンスストアのセブンイレブンの広島県広島市にある加盟店7~8店舗を担当するOFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー)だった野田靜眞氏が広島市中区舟入店にて「大阪には節分に太巻き寿司を食べる風習がある」と聴いてキャンペーン展開を仕掛けたことが始まりである。
※商品本部には、「切れてない太巻き」と説明して発注、店頭では「切れてない太巻き」を「恵方巻という風習があるんですけどご存じですか? 今年の恵方は~」と声をかけて販売

その後九州、中国地方を含む関西以西でキャンペーン展開を行って成功したのち1998年に全国展開を開始し2000年代以降に急速に広まった

それ以前に「恵方巻」と呼ばれていたという文献類は見つかっていない。

その他には

・「幸運巻寿司」
・「恵方寿司」
・「招福巻」

…etc、の呼び名がある。

(Wikipediaより一部引用)

 

要するに…

・大阪発祥の風習であるが1980年代まで大阪でも普及されることはなく地名度もほとんどなかった。
・知名度もほとんど無くその起源の定説は2018年現在も存在しない
・「恵方巻」の名が全国に広まったのは1989年に広島県広島市にてキャンペーン展開を行ったことが始まりで、九州・中国地方を含む関西以西でのキャンペーン展開の成功を経て1998年に全国展開を開始し2000年代以降に急速に広まった

簡単にまとめるとこのような感じです。

ここで判明したのは…

 

前述のとおりミヨッシーの出身地は「北海道札幌市」

北海道で「恵方巻」を食べる風習が始まったのは…前述の内容より少なくとも1998年以降ということになります。

 

1974年生まれのミヨッシーが「恵方巻」を食べる風習を知らなかった…

「恵方巻を食べた」…ましてや「美味しかった」という記憶が全くなかったのは…

 

当然であるといえます!!!

 

…まてよ?

ミヨッシーが東海地区に在住していたのは30代…

北海道には少なくとも1998年以降に広まったということは…

20代になって比較的早い時期に半年ほど関東方面へ在住していた時期はともかくその後東海地区へ移住するまでの間に知っていたとしてもおかしくなかったのでは?…と、いうことに…

ですが、この間の北海道在住時は自宅(実家)で大半は食事をする習慣があり、スーパーをはじめとした食料品店やコンビニで買って食べるということを全くといっていいほどしていなかったことと…

テレビもたまにF1をはじめとしたスポーツ番組を見るくらいだったのでCMを見る機会もほとんどなし…

よって「恵方巻」を知ることはありませんでした…

 

…以上のような感じで比較的歴史が浅い風習であるといえる「恵方巻」

 

まだまだ様々なこを見る機会もほとんどなのことについて知りたいと思ったミヨッシーでした!!!

 

次に綴るのは…



「恵方巻」の起源や発祥…

起源について…

前述にて起源の「定説」は2018年現在も存在しないと綴りましたが…

逆をいえば「諸説」は存在します!!!

諸説としては…

 

 

以下の説は2018年現在熊本大学准教授である岩崎竹彦氏がスーパーなどのチラシに書かれた説と調査が行われた1990年当時、大阪海苔問屋協同組合の事務局長の職に就いていた藤森秀夫氏からの聞き取りで得られた由来とをまとめたものである。

①幕末から明治時代初頭に大阪・船場(2018年現在の大阪市中央区船場)で商売繁盛無病息災ならびに家内円満を願ったのが始まりで一説には若い女性の好きな人と一緒になりたいという願望から広く普及したとする説。(すし組合のチラシより)

②船場の色街で女性が階段の中段に立って、丸かじりして願い事をしたらかなったという故事にちなむとする説。(スーパーU社のチラシより)

③節分のころは新しい香の物が漬かる時期で、江戸時代中期香の物入りの巻き寿司を切らずに丸のまま恵方を向いて食べて縁起を担いだことがやがて節分に恵方を向いて、巻きずしを丸かぶりするとその年の福がさずかるという招福の習わしになったとする説。(スーパーD社のチラシより)

④船場の旦那衆が節分の日に遊女に巻きずしを丸かぶりさせてお大尽遊びをしていたことに端を発するという説(藤森秀夫氏からの聞き取り)

⑤戦国時代の武将(掘尾吉晴といわれる) が節分の日に丸かぶりして出陣したら戦に勝ったので、以後瑞祥としたことに端を発するとする説。(藤森秀夫氏からの聞き取り)

《「日本民族学会」会員である沓沢博行氏が2009年に発表した「現代人における年中行事と見出される意味~恵方巻を事例として~」より一部抜粋》

 

 

また、1960年~61年に京都のある鮨店が1800年代のある年の節分の日に大阪近郊の申村(2018年現在の大阪府大阪市此花区伝法付近と比定)に住む老若男女が集まり、巻寿司を食す時に切り分ける手間を省くために一本丸かぶりをしたというエピソードを聴いて売り出したとする説もあるそうです。

 

「諸説」として以上のようなものがあります…

 

ミヨッシー的にはどれも有り得そうな感じかする一方で…縁起担ぎのみが強調されている感じがありまくりかと………

小さい子どもたちに聞かせてもいいのかな?…と、思う諸説も(苦笑)

 

 

発祥について…

発祥については前述のとおり商都大阪発祥と言われていますが…

これも「言われている」というだけで大阪で「発祥したという記録」がありません…

 

ただし起源と違い「大阪で販売されていた = これ以前に日本中に記録がないことから大阪が発祥である」といえる資料が2018年現在残っています。

 

《1932年》
大阪鮓商組合が販売促進の目的で「巻壽司と福の神 節分の日に丸かぶり」と題し「幸運巻壽司」の宣伝を行った際に配布した広告

 

巻壽司と福の神 節分の日に丸かぶり

この流行は古くから花柳界にもて囃されてゐました。それが最近一般的に喧傳して年越には必ず豆を年齡の數だけ喰べるやうに巻壽司が喰べられてゐます。
これは節分の日に限るものでその年の惠方に向いて無言で壹本の巻壽司を丸かぶりすれば其年は幸運に惠まれると云ふ事であります。
宣傳せずとも誰云ふともなしに流行って來た事を考へると矢張り一概に迷信とも輕々しく看過すべきではない。
就ては本年の幸運をば是非平素御愛顧蒙る御得意樣にも斯樣な事も御承知能ひ永續の御繁榮を切に乞ふ譯であります。
一家揃ふて御試食を願ひ本年の幸運をとり逃さぬやうお勸め申します。
昭和七年節分二月四日 惠方西北(亥子ノ間)
幸運巻壽司 一本金拾五錢 大阪鮓商組合

 

 

このときの公告では大阪鮓商組合は節分豆との比較で花柳界での巻寿司風習を述べています。

 

 

 

《1940年》
大阪鮓商組合後援会(大阪市東区上本町の鮨店・美登利)が配布した
「節分の丸かぶり壽司」に関する広告
※この当時の価格は1本20銭

 

幸運巻寿司 節分の日に丸かぶり

巳の日に巳壽司と云ふてお壽司を喰べるやうに每年節分の日にその年の惠方に向つて巻壽司を丸かぶりすると大變幸運に惠まれるという習しが昔から行事の一つとなつてゐて年々盛になつてゐます。
お得意様にも一家揃ふて御試食願ひ本年の幸運をとり逃さぬやうお勧め申上ます
昭和十五年 節分 二月四日 惠方西(申酉の間)
幸運巻寿司一本金廿銭 大阪市東区上本町一丁目美登利
御得意様 (昭和十五年二月 大阪鮨商組合後援會發行) 

 

前述の1932年で花柳界での巻寿司風習を述べたのとは違い、この1940年の公告では巳の日に鮨を食する京都の古習慣である巳鮨(みずし)を例にあげて説明している。

みずし(御厨子)は内膳司御厨子所の女官、みずし(水仕)は下女も意味する。

雛祭は上巳の節句、前回広告チラシを配った際の1932年の2月4日(旧暦12月28日)節分の日の干支は乙未であるから、1940年は先例1932年が巳の日であったのを鑑みて巳鮨の習慣を例に挙げた可能性がある。

 

記録や資料が残っているというのは…これだけでもかなり浸透性がありますね!!!

 

ちなみに「巻寿司」の「巻」についてですが…

大阪ことばの「巻」は…

・小田巻蒸し
・玉子巻
・巻き寿司

 

京ことばや船場ことばの「巻(まき)」は「ちまき」の略であるとされています。

 

 

 

 

ちまきは節分で蒔かれていたこともあり、形状を示唆しているのは広告チラシの女児のイラストのみで「細・中・太巻」なども明確ではないそうです。

 

 

以上の記録や資料…日本中にこれより古いものがないことから「恵方巻」は大阪発祥であり、少なくとも1932年(昭和7年)と1940年(昭和15年)という昭和初期には大阪の寿司業界関係者の方々の宣伝により「節分の日に恵方巻を食べる風習」があったということがわかります。

 

が、その後も大阪の寿司業界関係者の方々が更なる販売促進の努力をしたにも関わらず発祥の地である大阪においても普及さることはなく…当然知名度もほとんど無い状態が長年続きました。

 

しかし、そんな状態であっても決してあきらめずに販売促進の努力を粘り強く続けた結果…

1970年代半ばから徐々にテレビ・新聞をはじめとしたマスメディアに取り上げられるようになり、1980年代以降は完全に定着するようになりました

 

主な契機としては…

・1973年から大阪海苔問屋協同組合が作製したポスターを寿司やが共同で店頭に貼り出し、海苔を使用する太巻きを「幸運巻ずし」として販促キャンペーンが展開されたこと
・1974年に大阪の海苔店経営者らが1973年の第一次オイルショック後の海苔の需要拡大を狙いとして「巻き寿司早食い競争」を節分のイベントで開始したこと
・1977年に大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行った同イベントがマスコミに取り上げられたこと、関西厚焼工業組合も同時期頃に宣伝活動を開始したこと

…etc、その結果として徐々に知名度が上がり浸透していきました。

 

2018年現在でも大阪では…

・道頓堀の遊歩道「とんぼりリバーウォーク」では毎年1月最終日曜日に「巻き寿司早食いコンテスト」が開催
・大阪天満宮では毎年節分当日にで「1000人巻き寿司丸かぶりイベント」が開催

…etc、様々なイベントがあるように「節分に恵方巻を食べる」風習が根強いものとして存在します!!!



「恵方巻」の材料…

「恵方巻」というもの自体はこれまで綴ってきたとおり「太巻き寿司」

作り方としては…

①巻き簾を広げてその上に海苔を乗せる
②その上に酢飯を広げる
③その上に具材(巻芯)を乗せる
④海苔巻状に巻く

と、いう順序で作ります。

…ごくありふれた「海苔巻」や「太巻き」と何ら変わりありません!!!

これなら何も「恵方巻」とせずに単に「太巻き」としてもよいのでは…?

 

では何が違うのかというと…

③の具材(巻芯)に決まりや違いがあるのです!

「恵方巻」には7種類の具材を使うとされています。

「7」という数は日本では福をもたらすということで信仰されている七柱の神である「七福神」に因んでいると同時に「7」種類の具材を巻き込むことにより福を巻きこみ「食べる→取り入れる→福を取り込む」と意味付けされています。

《七福神》

・恵比寿(日本)
「商売繁盛」「五穀豊穣」をもたらす神であり、「七福神」の中で唯一日本由来の神である

・大黒天(インド)
「食物」「財福」を司る神

・毘沙門天(インド)
「福徳増進」の神

・弁才天(インド・「才」が「財」の音に通じることから「弁財天」と表記されることもあり)
「音楽」「弁才」「財福」「知恵」の徳のある天女

・福禄寿(宋)
長寿と福禄をもたらす老人、寿老人と同一神とされることもある

・寿老人(南極星)
道教の神、日本の七福神の一人としては白鬚明神とされることもある

・布袋(唐)
手にした袋から財を出し与えてくれる禅僧

 

 

また「七福神」に因んだものとは別の解釈もあり…

太巻きを逃げた鬼が忘れていった金棒(鬼の金棒)に見立てて「鬼退治をするもの」と捉える説もあるとのことです。

 

 

7種類の具材は特定の7種の素材が決まっているわけではないが、基本的に使うものとして…

・かんぴょう
・キュウリ(レタス・かいわれ大根)
・伊達巻(だし巻・厚焼き卵)
・ウナギ(アナゴ)
・桜でんぷ(おぼろ)
・シイタケ煮
・高野豆腐
※( )内の具材は代用品

 

以上の7種類の具材が基本的に使うものとされていますが…

 

実際には…

・漬物
・焼き紅鮭
・かまぼこ(カニ風味かまぼこ)
・しそ(大葉)
・三つ葉(ほうれん草)
・しょうが
・菜の花
・ニンジン

…etc、他の食材を使うことも決して珍しくありません!

 

近年では上述の「決まった食材での7種類」の具材としているわけではないということを鑑みて「恵方巻は様々なアレンジが可能である」と解釈されるようになり、新たな商品開発が行われ新しい形の「恵方巻」が出回っています。

 

象徴的な例としては2000年以降に入り…

・サーモン
・イクラ
・イカ
・エビ
・まぐろ(ネギトロ・漬けマグロ)

…etc、海鮮のみを使い「海鮮恵方巻」と称して店頭で売られ、人気を呼んでいるということも!!!

 

女性や子どもには「通常の恵方巻」では多すぎるという声に対しては「ハーフサイズの恵方巻」

 

「中華」や「洋風」の食材を使った「恵方巻」も!

 

 

更に具材の種類数でも「7種類にこだわらず」…

2種・5種…少なくしたり…

11種・12種・15種…多くしたものが…

 

 

 

しまいには…本来の太巻きとは全く関係が無い食べ物にも「恵方巻」を模した商品が各種開発され販売されています。

 

ロールケーキ
※(↑写真)「堂島ロール」というロールケーキが人気商品である(株)Moncher(モンシェール・本社大阪府大阪市)さんの「恵方巻ロール」

 

 

ワッフル
※兵庫県神戸市に本店がある「ワッフル・ケーキの店R.L(エール・エル)」さんの「くるくるワッフル恵方巻  福くるくる」

商品自体がすし飯や海苔を使用した「恵方巻」に見立てているのはいうまでもありませんが…

 

 

何と前述の「基本的に使うものとしている「7種類」の具材」を見立てた材料も使用しています!!

 

 

「食べ物」ではなく「飲み物」ですが…

栃木県では毎年2月の節分の夜に「その年の縁起がいいとされる方角(恵方)を向いて日本酒を飲もう」というコンセプトで栃木県内の日本酒の製造・流通関連でつくる実行委員会が中心となって「恵方呑み(のみ)」のイベントが開催されています。

 

「恵方巻は様々なアレンジが可能である」と解釈できるといってもここまできたら正直…

「何でもあり!!!」という感じですね(笑)

 

 

この先も思いもつかないような「恵方巻」もしくは「恵方巻を模したもの」が出てくるような気がします!

 

まぁ、ミヨッシー的には伝統的な本来の形のものが時代を経ても変わらず受け継がれていくうえで変わり種があってもいいのでは?と思います!!!

 

古き良き伝統(今回綴っている地点では「恵方巻」に関してはまだ「古い」とはいえないと思いますが)を完全に捨て去るというのは絶対に良くないと思いますし、かといって「旧態依然」のままというのも時代にそぐわなずに取り残されていく恐れがあると思うのである程度までは自由な発想で新しいものが出てくるのは良いことでしょう!!!

 

 

 

 

 

 

今回の綴りは…

・テーマである「恵方巻」の時期を迎えたこと
・昨年2017年にミヨッシーが小学生のときに同じ少年野球のチームで一緒に汗を流し、現在は関西地区在住の友人からFacebookの記事上への書き込みがあり「そういえば…」となって調べた際に色々と知ったことを思い出した
・綴るにあたり、更に色々なことを調べたい

と、いうことがあったり思ったりしたことがきっかけとなりました。

 

その関西地区在住の友人からFacebookの記事上への書き込みに対しては…

「スーパーなどで普通に売っとるよ」というコメントに加え、恵方巻についてこの当時にWikipediaで書いていたことと友人も小学生のときに関西地区へ移住しているのでそう思うのも当然でミヨッシーも自宅や少年野球チーム・町内会などでも食べた記憶がないと返信!

すると…

「(互いの小学生時代の)北海道にはそんな風習無かったやろ~っ」
「関西来てからワケわからんことやるイメージやったから」

と、いう書き込みがありました。

 

 

1974年生まれの小学生時代は…「1980年代前半~半ば」ということになります。

 

前述のとおり大阪発祥といっても完全に定着するようになったのは1980年代以降…

 

よって友人が関西に移住した小学生時代の「1980年代前半~半ば」は…

 

「定着しきれていない」あるいは「定着し始めたばかり」といえるので…

 

「ワケわからんことやるイメージやった」となるのは当然でしょう!!!

 

もしミヨッシーがこのときに関西に移住していたとしても間違いなく同様のことを思いますね!!!

 

 

…生まれてから30代までは「恵方巻」を食べる風習自体を全く知らず…

30代を過ごした東海地区在住時代に初めて…風習自体のことや意味も全く考えることがなく食べ…

いつの間にか風習通り毎年節分に食べるようになった…

 

人生を過ごしているうちに自らが行っていることや行われていることへの意味を考えたり疑問と思うことがなく日々惰性で過ごし鈍感になっていたことを痛感した出来事でもありました。
※若いときは「決してそんなことはなかった」と思いたいのですが(笑)

同時に「このままではもし我が子がある程度大きなったときに様々なことを聞かれたときに答えられないことがでてくる」と思い、以後は何に対しても常に敏感になり、意味を考えたり疑問と思い、わからないことはすぐに調べて学習することを意識するようにしています。

 

このことは冒頭でも触れた「「冷やしラーメン=冷やし中華」Yes? No? その真実をミヨッシーが思いのままに綴る!」を綴るときに大いに役立った経験でありました!!!

 

これからも日常の何気ないところから学習をし、精進していきたいです!!!

 

最後に…

当然、今年2018年もミヨッシー一家は節分で行う2つのことをやりました!!!

「豆まき」はミヨッシーが鬼の面を被り、我が妻と我が娘に…

「日頃の恨み!?」………思いっきり豆をぶつけられました(笑)

 

そして「恵方巻」

 

 

我が娘とまだ歩けない我が息子のために「小さいサイズ」

当然…

恵方に向いて…正座をして…襟を正して!?…黙って恵方巻を食べましたぁ!!!

…我が娘と息子以外は(流石にまだ無理ですね~笑)

 

 

なんやかんやで今年2018年も風習どおり「恵方巻」を食べたのでミヨッシー一家と…

このブログにお越しいただいている皆様も今年2018年は「恵方巻」を食べたと思いたいので…

「恵方巻」を食べた全ての皆様に「福が訪れる」ことを願って今回の綴りを終えることにします。

 

 

 

最後までお付き合いしていだだきましてありがとうございました。

2018.02.07
定山渓より…ミヨッシー

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