心の中で生き続けている永遠のアーティスト「ZARD=坂井泉水」をファンとして思いのまま綴る!

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ようこそ!   定山渓在住・北海道観光マスターのミヨッシー@miyossy1023)です

 

 

 

 

…今回はミヨッシー個人の趣味100%の内容です(汗)

 

 

2017年2月8日より2週間おきに販売されることになったマガジンシリーズ…

 

ごく初期にテレビ出演をはじめとしたマスメディアに登場…

その後は表舞台に登場せずに数々の名曲をヒットさせ…

晩年はライブ活動を行いましたが、その後病気療養中の不慮の事故により惜しまれつつその生涯を終えたアーティスト…

 

 


「ZARD=故・坂井泉水」さん

 

 

2017年現在は退会していますが…

かつて公式ファンクラブ「WEZARD」に入会しており、デビュー曲「Good-bye My Loneliness」以来好感をもって2017年現在まで聴いているアーティストの1人です!
※2017年現在は別な某女性アーティストの公式ファンクラブに入会していますが…

 

聴いているといっても不慮の事故にて死去されて以降は頻度が落ちたのですが…

 

 

マガジンシリーズ発売を機に思い出したかのように再び聴く頻度が増えました!

 

 

今回はその「ZARD=故・坂井泉水」氏のことと、ミヨッシーの個人的ぶり100%ですが全楽曲から特にお気に入りの楽曲を5曲選び、それぞれの楽曲についてミヨッシーの思ったことや理由などを含めて思いのまま綴っていきます。

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「ZARD=故・坂井泉水」さんとは…

プロフィール

本名 : 蒲池 幸子(かまち さちこ)

生年月日 : 1967年2月6日

死没日 : 2007年5月27日(満40歳没)

出身地 : 神奈川県平塚市

家族構成 : 両親・弟・妹(5人家族)

最終学歴 : 松蔭女子短期大学(現・松蔭大学)

活動期間 : 1991年-2007年
(ZARDとして)

所属事務所 : スターダストプロモーション(1989年-1998年)
      泉水(SENSUI)(1998年-2017年現在も坂井泉水氏に付帯する業務を継続中)

レコード会社 : B-Gram RECORDS((株)ビーイング傘下)

公式サイト : http://wezard.net/

 

 

 

ZARDデビュー前…

中学校では陸上部・高校では硬式テニス部に所属し活動する体育会系だったそうで、中学校ではギタークラブでも活動していたとのことです。

 

大学卒業後に(株)第一不動産(2007年1月倒産)でOLとして約2年間在籍、在籍中に街頭でスカウトされ、スターダストプロモーションに所属し、本名にてモデル活動を開始。

 

1989年1月2日に放映されたテレビドラマ「春燈」に東北地方から売られてきた少女役(役名なし)で初出演。

 

以後もテレビ出演やキャンペンガールなどの活動を続け…

 

 

1990年、日清カップヌードルレーシングチーム(2輪)のレースクイーンとして活動。

 

 

このときの同期として…

 

「ハイレグ女王」として一世を風靡し、2017年現在もバラエティタレントとして活動する「岡本夏生」さんがいました。

 

2017年現在においても当時の写真が「お宝」として週刊誌などに登場することがあるのでお目にかける機会があるかと思います…

 

この1990年に(株)ビーイング代表取締役(当時)・長戸大幸氏と出会い、B.B.クィーンズの音楽コーラス隊(後のMi-ke)のオーディションを受験、落選するも長戸大幸氏に才能を認められ…

 

以後は芸名「坂井泉水」を名乗り、音楽ユニット「ZARD」結成の準備を着々と進めていました。

 

 

 

「ZARD」デビュー以降

1991年2月10日、シングル「Good-bye My Loneliness」でデビュー

 

 

 

デビュー当時はZ「ARD」ではなくZ「ard」名義でした。

 

オリコン週間チャートにおいて初登場は28位でしたが…

4週目に9位に入り、デビューシングルでいきなりのトップ10入りを果たしました。

 

その後も続々と発売されたシングル楽曲はすべて上位(40位以上)にランクインし、国民に「ZARD」の名前が浸透していきました。

 

 

とはいえ、デビューから2年近くは2017現在における人気・注目度からすると…

 

「嘘だっ!!!」

と思ってしまうほど、人気が高いわけではなく知名度も決して高いものではありませんでした…

 

 

 

そんなZARD=坂井泉水さんが国民的アーティストとして知られる布石となった楽曲が…

 

1993年1月27日発売…

 

 

6thシングル「負けないで」

 

 

オリコン週間チャート初登場でいきなり2位なり、4週目には…

 

初の1位!!!

 

売り上げは160万枚というミリオンセラーとなりました。

 

 

発売されて20年以上経っている2017年現在においても応援歌や教科書に採用されるほど高い人気を誇っています。

 

また、この1993年は…

・「負けないで」が収録されている4thアルバム「揺れる思い」が200万枚超の売上を記録しオリコン年間チャート1位となる

・3rdアルバム「HOLE ME」が週間チャートトップ10に返り咲く
・1stアルバム「Good-bye My Loneliness」および2ndアルバム「もう探さない」が週間チャート圏外から50位台に再浮上

の結果、年間アーティスト・トータルセールスで1位となり人気を不動のものなります。

 

「負けないで」以降もオリコン週間チャートにて29thシングル「世界はきっと未来の中」まで24作連続でトップ3入りをはじめとし、発売される楽曲が次々とミリオンセラーを連発…

 

2001年-2002年の1年間の活動休止があったものの…

完全に国民的アーティストとしての地位を確立しました!!!

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ライブ開催

国民的アーティストとしての地位を確立しましたが…

その後も表舞台に出ることはなく、いつしかメディア出演しない「シークレット・アーティスト」という印象を世間に与えるようになりました。

 

ただ、人気に対してあまりにも出なさすぎたことが起因してか…

「せめてライブくらいはやってほしい」という声が少なからずあり、そうした声が徐々に高まったことにより…

 

 

1999年5月28日に発売された初のベストアルバム「ZARD BEST The Single Collection ~奇跡~」に同封されたハガキを郵送した人の中から抽選で600名を招待し…

 

 

1999年8月31日にクルーズ旅客船「ぱしふぃっくびいなす」にて単独船上ライブ「単独船上ライブ「LIVE AT THE PACIFIC VENUS」が開催されました。

 

 

突然表舞台に出るということが公表されたことにより、ライブに対する価値が高まった結果…

応募数は100万通・倍率は5000倍にものぼりました。

 

 

このライブは2001年1月26日に限定生産30万枚で発売された「ZARD Cruising & LIVE~限定盤ライヴCD~」に収録されています。

 

ミヨッシーも所有していますが、この限定盤CDは…

・ライブ音源をほとんどそのまま収録されているということ

・ライブによくあるトークセッションがかなり少ない
・基本的には曲間なく最初から最後まで繋がっている

…etc、ライブ会場に来ている感じがして非常に価値のあるCDであると思います。

 

 

その後、前述で綴った2001年-2002年の活動休止を経て…

 

2004年3月2日より「初の全国ライブツアー「What a beautiful moment Tour」を9会場にて敢行…

 

2004年7月23日・日本武道館にてファイナルを迎えますが、結果的には…

最初で最後のライブツアーとなってしまいました…

 

 

 

ミヨッシーも…

2004年3月8日-9日(ツアー中唯一の2days)に東京国際フォーラムでのライブチケットを入手していたのですが…

行く予定だった2日前に諸事情で行けなくなったという苦い思い出があります。

 

今となっては非常に…

大後悔(涙)

 

当時のチケットも未だに保管してあったはずでしたが…

いつのまにか無くしてしまったようです…

 

 

 

突然の死…

2006年には活動15周年を迎え…

 

記念のベストアルバム「Golden Best~15th Anniversary~」

 

 

15年間のPVを集めたDVD「ZARD Le Portfolio 1991-2006」

 

以上を2006年10月25日に同時発売し、オリコン週間アルバムチャートおよびDVDチャート(総合・音楽)に初登場→1位を獲得し、2冠を達成。

2007年秋を目処に2005年9月7日に発売された11thアルバム「君とのDistance」以来のアルバム発売と前述にある2004年以来のライブツアーが計画されてした…

 

が…

2006年4月に体調を崩し、その後の検査で子宮頸癌と診断され入院となり手術を受けました。
※2000年頃から子宮筋腫・卵巣のう腫・子宮内膜症と次々に病気を患い、アーティスト活動を続けながら通院を繰り返す日々だったそうです…

 

手術は成功し、回復に向かいつつありましたが…

2007年4月に肺への転移が発見され、再度入退院を繰り返していました。

 

そして2007年5月27日…

 

入院先の慶應義塾大学病院にて死去(享年40)

死因は病棟脇にある高さ約3mの非常用スロープからの転落死でした…

 

報道直後から転落死に至るまでについて色々諸説がいわれましたが…

2017年現在においても断定されていません!!!
※警視庁による捜査の結果も未公表

 

 

2007年5月30日に東京都町田市内の斎場で近親者のみによる密葬で葬儀および告別式が営まれ、同時に一般向けに東京と大阪に設置した献花台には合計約10000人が献花および記帳に訪れました。

 

戒名は当初は…

「澄響幸輝信女(ちょうきょうこうきしんにょ)」でしたが、後に…

「麗唱院澄響幸輝大姉(れいしょういんちょうきょうこうきだいし)」に位上げされています。

 

 

2007年6月には東京都の青山葬儀所にて…

・26日に「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」が関係者向けの音楽葬として開かれ、親交のあった大黒摩季氏や織田哲郎氏らが列席、かつて「ZYYG REV ZARD & WANDS featuring 長嶋茂雄」としてシングル「果てしない夢を」にて共演した長嶋茂雄氏らが追悼コメントを寄せる

・27日に一般者向けの音楽葬が開かれ、約41000人が来場、弔問者数は日本における葬儀においては戦後4番目となった
(1位 X JAPAN・hide氏(約50000人)  2位 忌野清志郎氏(約43000人)  3位 美空ひばり氏(約42000人))

 

 

2007年9月には東京・日本武道館および大阪・フェスティバルホールにて追悼ライブが開催

 

その後も2011年のデビュー20周年、2016年のデビュー25周年をはじめとした節目の年に追悼ライブが開催されたり、今回ミヨッシーがZARDのことを綴るきっかけとなったマガジンシリーズをはじめとした商品が販売される等…

 

2017年現在においても…

国民的アーティストには変わりありません!!!

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ミヨッシーお気に入りのZARD楽曲5選

17年(1991年-2007年)の活動期間に発表した楽曲は…

151楽曲!!!

 

どれもよい楽曲なのですが…

今回はミヨッシーが特にお気に入りの楽曲を5曲ほど選んで楽曲について個人的に思っていることを含めて綴っていきます。

 

 

Don’t you see!(19thシングル・1997年1月6日発売)

ミヨッシー自身の携帯着信音に使用していたことがあるほどのお気に入りの楽曲です。

 

1997年当時、大人気のアニメ「ドラゴンボールGT」のエンディングテーマといえば思い出す人も多いかと思います。
※「ドラゴンボールGT」の主題歌で唯一オリコンチャート1位を獲得したシングル楽曲でもあります。

 

タイトルの意味は…「わかってよね!」

 

歌詞の内容はおおまかに…

純真な女性であるが、感じていることや想っていることを上手く表現できない所謂「不器用」であり、好きな男性がいるが上手く伝えられない…
わかって欲しいという想いとはうらはらに素直になれずに本心ではない行動や態度をとるが、それでも好きな男性に対する一途な想いは変わらない…

と、いう感じですが…

 

これは女性だけでなく男性にもあり得ることだと思いますし、こういう不器用ながらも一途に想える人に頑張ってほしく、応援したくなると思える歌詞です。

 

 

ミヨッシーは特に歌詞の最初…

「友達に手紙を書くときみたいにスラスラ言葉が出てくればいいのに」…のフレーズは…

普段は誰に対しても普通に話せても、好きな人の前では緊張したりして何も話せなくなる…

 

自身もまさしくそんな感じの部分があるので…

大いに共感してしまいます!!!

 

歌詞と曲のマッチングもよく、大好きな楽曲の1つです!!!

 

 

 

If you gimme smile(4thアルバム「OH MY LOVE」収録曲・1994年6月4日発売)

タイトルの意味は…「君が微笑んでいるとき」

 

 

アルバム収録曲でシングルカットされたことのない曲なのでおそらく初めて楽曲名を目にする人も多いかと…

 

ミヨッシーが名古屋在住でバイクを所有していた時代に長距離ツーリングに行くときによく聴いていた曲です。

 

ミヨッシーが長距離ツーリングに行くときは大体…

・過大なストレスが溜まる
・とてつもない嫌な出来事があった

のどちらかのパターンでしたが、そんなときに長距離ツーリングに行くと走っているときのスピードや風がストレスや嫌なことを忘れさせてくれることと…

 

走っているときに聞いていると前向きな歌詞とアップテンポな曲に勇気づけられ、モチベーションを取り戻すことができるのでした!

 

 

前述の理由にて、ミヨッシーはこの楽曲の…

大地蹴飛ばし雲の流れに忘れよう都会の雑音…のフレーズがまさしく長距離ツーリングに行って走っているときの心境そのものという感じで共感してしまうことと、後半の…

If you gimme smile,I’m on your side
Tomorrow we’ll be all right
We can take a chance so baby try now
…のフレーズ…

 

意味は…

君が微笑んでいるとき、私はいつもそばに居るから
それだけでそう、なんでも平気だから
上手くいくよきっと、さぁやってみよう

 

「私」が何なのかは時と場合により違うのですが、長距離ツーリングを終えたあとに不思議と楽しかったという感じで笑顔になり、そのあときっと何事もよい方向になると思い…

実際よい方向に転じたことが多かったので「ああ、その通りだ」と心から共感できる…

 

そしてこの部分は曲調が変わって一気に気分が上がる感があります。

 

この2ヶ所のフレーズが大のお気に入りで、好きな楽曲の1つです。

 

 

 

痛いくらい君があふれているよ(30thシングル・1999年10月14日発売)


・ZARD最後の8cmシングル(懐かしい!)

・ネスカフェモーメントCMソング

 

この1999年頃の楽曲は…

前述にある初のライブや作曲および編曲で新しい人に依頼したり…

何かと新しいことに取り組み、変化が見受けられたせいか正直ファンの間でも評価が分かれる部分があります。

 

実際この楽曲でも歌詞に(半分近く)ラップを取り入れて披露しています。
※歌詞にラップを取り入れているのはこの楽曲が唯一である

 

ラップはミヨッシー的にはお世辞にも上手いとはいい難いと思いますが…

ラップにありがちな「力み」を感じずにリラックスしていて楽しんでいるのが好きで、「痛いくらいあふれている」ほど伝わってきます。

 

 

歌詞の内容は…

全体を通して見てみると「ラブソング」でありますが…
※楽曲名の当初の課題は「Love & Peace」であった

 

生前「この楽曲はあまり歌詞をじっくり読まずフィーリングで聞いてほしい」と言っていただけあって一見「特に深い意味はないのかなぁ?」と思えてしまうのですが…

よく見てみると各フレーズ1つ1つが歌詞中にもある「ドキッ」とするのが「痛いくらいあふれている」ほど伝わってきます。

 

特に…

・もう誕生日を祝ってもらう歳じゃないし
・君のロケットで強く撃ち抜いて

…のフレーズはいつ聞いても強烈に「ドキッ」っとする感じがします(苦)

 

プラスして明るく楽しい感じの曲とのマッチングもお気に入りの理由です。

 

そしてこの楽曲のジャケット撮影には裏話が…

 

よく見ると右足首に白いものが…

…湿布です!!!

 

撮影中に足を捻挫してしまい、痛めた右足首に湿布を貼って撮影に臨んだそうです。

 

普通なら撮影を延期したり、湿布の上に何か乗せたりして隠したりするものでしょうが…

 

大胆で根性がありますね!!!

 

撮影中は間違いなく痛みがあったはずですが、ありのままの状態で仕事に取り組む…

 

これこそこの楽曲に対する想いが「痛いくらいあふれている」感じがします!!!

 

 

楽曲はもちろんのこと、エピソードを含めた一生懸命さや根性を含めて大好きな楽曲の1つです。

 

 

 

お・も・ひ・で(30thシングル「この涙 星になれ」c/w・1999年10月14日発売)

 

・伊豆新世紀創造祭「チェンジ伊豆2000!」タイアップソング

 

 

このタイアップ先の応募プレゼントとして…

 

この楽曲のみ収録したシングル盤が限定生産され、非売品のため2017年現在においてもファンの間で相当貴重なレアアイテムとなっています。

 

 

タイアップの関係で歌詞に「大室山(おおむろやま)」が出てくる
※大室山は静岡県伊東市にある標高580mの火山で、毎年2月の第2日曜日に行われる「山焼き」が特徴で伊東市のシンボル的存在

 

タイトルの「お・も・・で」は普通は「お・も・・で」となるはずが、何故か「ひ」と旧仮名遣い…(ZARDの楽曲の中で唯一)

色々諸説ありますが、ミヨッシー的には…

・「昔」というものを強調するためにあえて旧仮名遣いにしたこと

・歌詞全体を「お・も・ひ・で」としてゆっくりと想いを込めて伝えたく、平仮名の間に「・」を入れることによってゆっくりさを強調する

と、いう理由で「お・も・ひ・で」となっていると解釈しています。

 

また、タイトル名が歌詞に一切表れていないという非常に珍しい楽曲でもあります。

 

ミヨッシーはこの楽曲の…

太陽が昇るように 前向きに生きたい
自分らしく生きること 自分を愛すること
…のフレーズが…

 

以前、人生において失敗が原因で人間不信になり、しまいには自分自身が嫌いになり自暴自棄になった時期があり、その時期のあるときに偶然にもある場所でこのフレーズを聴いたときに…

それまで何回もこの楽曲を聴いていたにも関わらず、このフレーズのことは考えたこともなかったのですが…

かえってそれがよかったのか?…

心から「そうだ! その通りだ!」と思い、前向きに自分らしく自分が好きになれるようにやり直そうと考えを変えるきっかけとなりました。

 

その後も時間はかかりましたが、状況は好転し現在に至っています。

 

このフレーズはミヨッシーにとって「恩人」のような存在であり、ゆっくりで染み染みと「お・も・ひ・で」が伝わってくる楽曲とのマッチングが素晴らしく、思い入れのある楽曲の1つです。

 

 

 

世界はきっと未来の中(29thシングル・1999年6月16日)

・c/wなしのワンコインシングルCD(¥500・税込)で発売
・テレビ朝日系ドラマ「舞妓さんは名探偵!」主題歌

 

前述にありますが6thシングル「負けないで」からこの楽曲までオリコン週間チャートにて24作連続でトップ3入りを果たしました。

 

初ライブ(1999年8月31日)の前に発売されたこともあり、それまでの楽曲になかったライブを意識した最初からアップテンポで明るくライブのノリを盛り上げる感のある楽曲です。

 

生前2度のライブではこの楽曲のときはとても大盛り上がりとなり、没後に開かれている追悼ライブでもそれは変わらないそうです。

 

この楽曲のライナーノーツによると…

「迷いに迷って…ものすごく悩んで出した結果だったら…きっとそれが自分によっての「正解」であり「選ぶべき道」なんだと思います。

その結論を出すまでの”課程”は決して無駄ではないと思います。
最近元気がないなぁ、愛が足りないなぁという人に聴いて欲しい。」
(Music Freak Magazine 199907より)

 

 

ミヨッシーはつい最近まで家族のために自分がとるべき道について…特に自分のしたいことと現実とのギャップについてどうするべきか迷いに迷っていました…

 

人によっては明らかに「そんなこと」と思えることまで悩んでいましたが、最終的には自分で結論を出しました。

 

約半年ほど悩んで自ら出した結論…

失うものはありますが、いずれ結論が「正解」であり「選ぶべき道」だった、そして約半年間の”課程”は決して無駄ではなかったと心から思える日がきてほしい…

 

このライナーノーツはまさしく2017年現在のミヨッシーの心境そのものです…

 

 

とくに最後の…

決断のその時期が来たよね…のフレーズ…

 

本当に最後の最後、「その時期」に決断をしました。

 

そしてちょうどその頃に今回の綴りのきっかけとなったマガジンシリーズが発売となり、久々に聴こうと思ったときに最初に聴いた楽曲が…

 

偶然にもこの楽曲でした。

 

特に精神的に消耗をしていた時期だったので、このアップテンポの楽曲で余計に元気づけられました。

 

以前からZARDの全楽曲の中でもお気に入りの楽曲でしたが、ますますお気に入りにの度合いが高くなった楽曲です!!!

 

 

 

本当はまだまだお気に入りの楽曲があるのですが…

以上の5曲がミヨッシーの特にお気に入りでよく聴いている楽曲です!!!

 

 

 

 

 

思い出したかのような感じですが、今回「ZARD=故・坂井泉水」さんについて綴ってみて…

・性格はマイペースだが至って真面目で歌手活動には手を抜かないストイックな性格
・自らが様々な面で苦労してきたからこそ、前向きになれつつ元気づけられる楽曲を製作することができる
・ほとんど表舞台に登場することはなかったが、控えめながらも聴き手=ファンのことを第一に考え、大切にしていた

と考え、共感できる好きなアーティストの1人だとあらためて思いました。

 

 

それまでは単に楽曲と清楚な感じがいいなぁという感じでしたが…

 

実際、プライベートで「好きな女性は?」の類の質問をされたときには決まって…

「ZARDの坂井泉水」と答えていましたので(汗)

 

あっ、我が妻もこのことは知っています(笑)
※我が妻が坂井泉水さんに似ているかどうかは別として…(爆)

 

 

それはともかくとして…

2007年に死去されてから今年2017年で10年…

 

2017年も前述のマガジンシリーズ発売や…

 

 

2月10日より東京・大阪を皮切りに初のフィルムライブ「ARD Screen Harmony Live ~25th Anniversary → Forever…!~」が開催される等、様々な企画やイベントがあるようです。

 

そして昨年2016年より節目の年ということもあり、各所でZARD=故・坂井泉水さんを題材に特集が組まれることが多いようです。

 

その中でもあまり知られていなかっった人柄や性格についての記事が多いようですが…

 

ミヨッシーが目にした中で…

「MARBLE 女性のオシャレに彩りを」ホームページ内にある「90年代の歌姫、坂井泉水!ほぼメディア出演しなかった本来の性格は?」
(http://topicks.jp/20801)

が、生前の友達や同僚などの証言を交えて最も浸透性がありわかりやすく伝わる内容だと思いましたので、アドレスを含めて紹介させていただきます。

 

 

もう新しい楽曲が世に出ることはありませんが…

40年の短い生涯において全151の楽曲を発表し、様々な面で苦労しながらも前向きに生き、前向きになりつつ元気になれる楽曲でファンを魅了してくれました。

 

そんな「ZARD=故・坂井泉水」さんの楽曲を今後も聴いていきたいと思います。
※公式ファンクラブもいずれ再入会することを考えています

 

最後に「ZARD=故・坂井泉水」さんが闘病生活をはじめとする困難に陥りながらもアーティスト活動が好きで転職だったことを物語っているエピソードを紹介して今回の綴りを終えようと思います。

 

 

 

最後までお付き合いしていだだきましてありがとうございました。

 

 

生前あるインタビューにて…

「あなたにとって幸せとはなんですか?」と聞かれたときにこう答えていました…

 

「自分の好きなことを一生やり続けていることだと思います。」

 

 

2017.03.24
定山渓より…ミヨッシー

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